目覚まし時計が聞こえない最近。

脈絡なく今度の舞台について考えていることを書きます。
その場に在ることへ切実であること、そのために関係をどう築くか、どう繋ぐか、どう突き放すか、どう切っていくか、そんなことをもっともっと考えていかなくてはいけないのだと感じております。何もかもを疑っていくことで、虚偽が剥がれていく。でも、それが堕落に繋がっていくのはなんとなく分かる。誠実であろうとすることは堕落に繫がると、たしか坂口安吾が……。世界がひとつではないと認めることは、人は誰も変容していく生き物なのだと認めることに繫がるのだと勝手に思っている。人が変わっていくと認めるのはツライ。例えば、それは相思相愛の心変わりの可能性も認めなくてはいけない。いつまでも変わらず想い続けていてくれると思うのは時間の停止であり、「自己の他者」へと陥っていく。ではなくて「他者の他者」の発見、目の前にいる人とちゃんと向き合っていくこと、変容していくことを認めること、そういうある意味、絶望のような認識をもたなければ、発展する関係を築き続けていくことは難しい。でもそこでなんとかしようとする切実さは醜いかもしれないけど、いわば"生"を表出するのではなかろうか、そんなことが表現できたらなんて、今は考えております。ホントに脈絡なくて驚きですけど、今度の舞台と関係あるのかも読み返して疑ってますけど、まあ、はい。
ガンバルンバだね。
5時に起きる練習をしなくちゃね。